13..少し不思議な話

2015年7月14日 (火)

カエルと台風のオチの無い話

先日からTVで「ど根性ガエル」のドラマが始まりました。
見逃した自分はどうにかhuluで見ましたが、思いのほか面白かった印象です。

TVを見ながら、子供の頃、ぴょん吉が大好きで、
ぴょん吉Tシャツ持っていたと妻に話したら、
妻は大ウケでした。

でも、売ってるんですね、今でもぴょん吉Tシャツ。
現代的なギミックもあって、面白そうですね。

Tshirts

自分は男の子なので元々、カエルとか大好きでした。
トノサマガエルとかは飼ってた事もあったくらい。

そこで、カエルについての、オチの無い変な経験を思い出したので、
ついでに書いちゃおうと思います。
(蛙が嫌いな女性の方は、読まずにOKですよ~。)

さて、子供の頃の事ですが、わが家横の日当たりの悪い所には、
数十センチのくぼみがありました。
その窪みを塞ぐように、いつもコンクリートの板が置かれていたのですが、
10歳ぐらいのl頃、何の気なしにそのコンクリ板をひきはがすと、
意外な生き物が鎮座していました。

大きなヒキガエルです。
体は動かず、目だけが動き、子供だった私と目が合いました。
なんか、びっくりしたのと、少し気まずさのような物を感じ、
そのまま蓋を元に戻しました。

どうして家の脇にヒキガエルが居るのか、
大人になった今も不思議ですが、当時子供だった自分には余計に不思議でした。
だって、水や池のある場所から何キロも離れている乾燥した住宅地なので、
オタマジャクシから成長したヒキガエルは、何キロもジャンプor歩いて我が家に来た、
という事になります。

何しに来たんだろう?
と思いつつも、「家に付くヒキガエルは守り神だ」、
という言い伝えも聞いて、さらに子供心に不思議に思ったものでした。

で、その後すくすくと成長し生意気なガキになった自分は、
ヒキガエルの事など覚えているはずもなく育ちました。
その後、いろいろとあって、その実家でほぼ自分一人暮らしになった
中学3年の時の事です。

7月、台風直撃の大風と大雨の夜、
確か23時を回った頃と思います。

無意識に誰かに呼ばれた気がしました。
何かの気配がしたんですね。
それで、何の気なしに、玄関を開けましたが、
当然、外には誰もいません。

いや、視線を下に向けると、居ました。
私の方を真正面に向いたヒキガエル。
今度も目が合いました。

意表を突かれた再会で、何か、ヒキガエルが挨拶して「こんばんは」とでも
言ってるかのようなシチュエーションです。
自分も釣られて、心の中で「あ、こんばんは」と呟きました。
で、何かやはり気まずさを感じて、そのまま玄関ドアをそっ閉じしました。

でも、なんでヒキガエルが居るんだよ?
と思い返し、もう一度玄関ドアを開けると、もうヒキガエルは居ない。
強い雨風の中、外に出ても、もう何処にも見当たらず、
諦めて玄関ドアを閉じました。

さて、それからまた2年の月日が経った高校2年、バイク免許を取ったり
バイクを乗り回したりという、さらに生意気な少年になった自分。
そしてやはり7月、台風直撃の大風と大雨の夜、
この時は夜中2時を回った頃でした。
(生意気だったので夜更かししてました)

以前と同じような、何か気配がして呼ばれた気がしたのです。
で、玄関ドアを開けると、やっぱり

「こんばんわ~」

とでも言いたそうに私の方を向いたヒキガエルが、
玄関前に鎮座していました。

自分もまた「こんばんは」と呟きましたが、さてそのまま、
また気まずいような、何か不思議な時間が刻々と流れます。

ヒキガエルは私を見たまま、じっとして動かずにいて、
そして開けたドアからは室内にガンガンと雨風が入り込んできます。

何か、自分も困ってしまって

「お互い、頑張ろうな!」

と出任せに意味不明な事を言いつつ、ドアを閉めました。

あのヒキガエル、何だったのだろう、何を言いたかったのか、
と今も不思議に思います。

さて、その後も少し続きます。
その十余年後、さらにいけ好かない青年になった自分は、
生意気にも家を建て替える事にしました。

生まれ住んだ家を取り壊した直後の事、
業者さんから言われました。

「大きなヒキガエルがいましたよ」

 「え?
そのヒキガエル、どうしました?」

とびっくりして聞くと、

「ご安心ください、当社で責任を持って処分しましたので」

えええ?
処分しちゃったの?
というか、ヒキガエル、生きてたの?

初めて見た10歳の時から計算しても、17年が経過してました。

でもヒキガエルって、そのくらいは寿命で生きてるらしく、
なにかすごく寂しく、申し訳ない気分になりました。

以後、家を建て替えた後は、ヒキガエルを見る事はなくなりました。

まあ、その後ウサギやら猫やらがずっといたので、
カエルも怖くて近寄らないのかも知れませんけれど。

オチの無い話なので、人には話さない経験談、
「ど根性ガエル」の思い出ついでに妻に話したら、
サボテンの話みたいだね、と返されました。

サボテンの話、というのは、同じく子供時代の不思議な経験。
やはりオチが無いのですが、これもいつか書けたらと思います。

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2014年9月 2日 (火)

猫の想い【3】最期を看取ったシロちゃん

これは、ウチのモカがまだ3歳くらいだった頃の話です。
モカの兄猫が湖畔に戻って2年後。
(このお話は、ずいぶん前に某巨大掲示板でも書いた事があります)

幾つもの意味で、猫の生涯や自分達の老後を考えさせられた出来事でもあります。


真冬の夜、私達夫婦はモカを家に残してクルマで外出し、
帰宅は深夜1時を回りました。気温は氷点下近かったと思います。

帰り道、自宅まで50mまで迫った道路で、
道の真ん中に白い何かが見えました。

良く見ると白い猫が道路の真ん中でうずくまって座っています。
私のクルマが接近しても、ずっと居座るので怪訝に思い、
クルマから降りて猫の様子を見ました。

丸くうつぶせになったまま、動こうとしません。
声をかけると、私を見て、か細い消え入るような声で
「にゃぁ」と何かを訴えます。

かなり弱っているようで、体を触ると
氷のように冷えた身体、私の手には膿みのような物がつきました。

何かの病気なのか、このままでは死んでしまいそうな気配がしたので、
猫とクルマをそのままにして、一度我が家に入ります。
念のため、手に付いた膿みを洗い流してアルコール消毒。

家にはモカがいた為、伝染性の病気を持っていたらと心配し、
妻に先日買ったばかりの衣装ケースを準備させ、
使い捨てカイロを何個も敷いて、その上にバスタオルを敷いて
猫を入れて様子を見ました。

夜中でしたが、ちょっとバタバタとしていましたので、
近所の奥さんが様子見に出てきました。
その猫の事を知っていると言います。

名前はシロちゃん。
飼い主は3ヶ月前に入院した老婦人との事。
その後は近所の方がご飯をあげていたと言います。
しかし少しずつ食が細り、ここ一週間は何も食べず、
1~2日前から行方不明になっていたとの事でした。

部屋に戻り、24時間救急の獣医さんを探していると、
衣装ケースからまたか細い声で「にゃぁぁ」と聞こえます。

すぐに猫の様子を見たら、プラケースの中で、
もう、息を無くしていました。

あの猫が深夜、どうして道路上にいたのかはわかりません。
ただ、死に直面した体力で、氷点下の道路の真ん中まで出てくるのは
大変だったろうと思うと、悲しくなりました。

この子は自分の死期を悟ったのだろうか?
死を誰かに看取って欲しかったのだろうか?

いや、最後に飼い主に会いたくて、人間の力を借りようとしたのかも知れない、
などと考えながら、また冷たくなっていく猫の体をタオルに包みました。

そして翌日、近所でこの話が広がって、飼い主の方の息子さんと
連絡が取れて、亡骸は飼い主の元へ引き取られていきました。

あの猫は、猫好きな私達が
道を通るのを知っていたのかな?

生きている時は飼い主さんには会えなかったけれど、
飼い主さんの元に戻れたから、少しは願いは叶ったのかな、
そんな気持ちになりました。

幸せな暮らしをした猫に取って、
飼い主さんは親以上の存在なのかも知れません。

飼い主さんと一緒に過ごした幸せな時間は、
猫に取ってもかけがえの無い時間だったのだろうと思います。

静岡から帰ってきた兄猫マメも、
今回の猫ちゃんも、
飼い主さんの事が大好きだったと思います。

人と猫との絆って、人が考える以上にとても深いな、と思います。

それとともに、私達夫婦が老いた時、シロちゃんのような思いを、
猫たちにはさせたくない、そう思わせてもくれた、出来事でした。

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猫の想い【2】 先代猫モカ

前回のマメのついでに、我が家の先代猫、モカについて書いてみようと思います。
前回書いた通り、モカは湖畔に捨てられていた捨て猫でした。

しかし人間が大好き。
膝の上が大好きで、抱っこが大好き。
我が家に初めて来た夜から、私になついてくれました。

Mocha1

我が家に来て、妻と初対面の頃。
Mocha2


私の後をいつもついて歩き、結婚して妻と同居後は、
妻の後をついて歩きます。

特に私達夫婦が一緒にいるときには、必ず足下にモカがいました。
夫婦で歯磨き中、足下にいる事に気づかず、
前脚やしっぽを踏んでしまった事も少なからず。

怒るモカに、大げさに「ごめーん!」と謝ると、
モカもちゃんと判ってくれて機嫌を直します。

夫婦で外出し帰宅すると、必ず玄関で、ちょこんと座ってお出迎え。
帰りが夜中だと、目をしょぼつかせながら、お出迎えしてくれました。

食事はキャットフードを与えていましたが、
家族の食卓にはいつも参加。
猫が食べられそうなおかずを、ひとつまみだけ貰って食べていました。

何か食べたい、というのとは違って、
自分も食卓に参加している、そういう気持ちだったのでしょう。

カレーライスなど、猫が食べられそうに無いメニューだった時は、
すねてダイニングの外に行ってしまう。
扉の横でシュンとしているモカを見て、私達は歌に乗せてモカの名前を呼びます。

すると、

「にゃぁぁ?」

モカは機嫌を取り戻して、語尾上げで食卓に戻ってきます。
そんなモカに、妻はモカの大好物のチーズを与える。
そんな日常を過ごしました。

Dscf0048

モカは、食卓に参加中、美味しい物はお代わりをねだりました。
テーブルの端を「トントントン」と3回叩くのです。
それがお代わりの合図で、それでも貰えない時は、今度は
テーブルの端を「トントントントン」と4回叩来ました。
もうお代わりが無い時は、顔を近づけて、

「もう無いよ」

と言うと、渋々諦める。
マグロの刺身が好物でしたが、安い鮮度の悪いのはお代わりはしない。
極上のはやはり4回テーブルを叩きました。
年々、舌が肥えてましたっけ。

不妊手術をしたモカは、友達や彼氏がいなくて、いつも寂しい毎日を過ごしていました。
その分、私が彼氏代わりになって、追いかけっこするのが大好き。

妻が夕食の支度を調えると、モカは私の仕事部屋にやってきて、
「にゃぁにゃぁ」とご飯時を私に訴えます。
仕事の切りが付くまで少し時間がかかると、その間ずっと鳴き続けていました。
区切りが付き机から立ち上がると、モカも一緒にダイニングに向かう。

夕食が終わると、モカとの追いかけっこの時間。
モカに「行くよ」と声を掛けると、嬉しそうに「にゃああ!」と私を追い抜いていきました。

そうやって、幸せな10年があっという間に過ぎていきました。

Mocha3

モカが旅立つ、ひと月くらい前から、モカは私の部屋に入り浸るようになりました。
肺が悪かったモカには、静電気でホコリっぽかった私の仕事部屋は入らせないようにしていたのですが、
日中、私のそばにいたがるようになりました。
夜はずっと、私のお腹の上で寝るようになりました。

モカとの別れは、まだ辛い思い出なので割愛しますが、
11歳、最後の最後まで、愛おしく、そして私達を本当に信頼してくれたまま旅立っていきました。

男なのに、それまで経験した事がないくらい、涙が溢れました。
それを見た妻が逆に冷静になってしまうくらい、声を出して泣きました。
本当の娘、そう思っていた自分に気づきました。

モカが旅立った後、それまで家中を包んでいた暖かな空気が、消えてしまった。
幸せで満ち足りた時間が、もう帰って来ない事に気づいて、また泣いてしまった。


モカが旅立って1カ月くらい経った年の瀬の夕方、
自分はバイクに乗り、借りていた駅前の事務所に向かっていました。

通りを真っ直ぐ走っていた瞬間、
道の右端から茶色い小さな影が、猛ダッシュで横切りました。

自分はそれを避けるために急ブレーキをかけて転倒。
間髪を入れずに道の先の左路地から、四輪駆動車が一時停止もせずに
飛び出してきました。
先に転倒していたので、間一髪で四駆に轢かれる事は免れましたが、
無謀なドライバーに、普通なら説教でもしてやりたくなるような状況です。

でもその時自分は、倒れたバイクを持ち上げながら、
怒りとは別の感情に心を覆われていました。

モカが居た頃、家中を包んでいた暖かな空気。
優しくて懐かしい、暖かな空気が漂っていました。

左右を見回し、猫が居ないかどうかを探したものの、
猫らしい姿は無い。

自分の思い違い、モカを失った心が見せた幻影だったのかも知れないと思い直し、
事務所に行き仕事を終えました。
そして帰宅後、妻に話すと、妻はポロポロと涙を流しました。

「本当に、優しい子だったね」

私達はそう言って、二人でモカの思い出を振り返りました。
我が家歴は数ヶ月、妻よりも先輩だったモカ。
モカの思い出は、私達の新婚時代の思い出とも重なっています。


今の3にゃん達もそうですが、猫達の思い出は、
そのまま我が家、夫婦の思い出でもあります。

寿命の違いで、いつかは別れが来る事を覚悟しつつも、
それまでの間、楽しく優しい家族でありたい、と思っています。

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2014年8月17日 (日)

猫の想い【1】 帰還猫マメ

旧盆も終わった我が家。
今年も先祖や親族、そして家族であった動物たちを迎えました。

我が家にはかつて、猫を中心にいろんな動物たちが過ごし、
かけがえの無い思い出を残していってくれました。

その動物たちが残してくれた思い、そしてその間、私が見聞きした出来事などを、
ちょっとご紹介したいな、なんて思います。

猫は里親が大好き!
そういうお話です。

まずは、我が家の先代猫、モカの兄弟だったマメについて、お話しします。


マメとモカの兄妹と初めて出会ったのは、1998年の5月のGWの事でした。

Lake3


神奈川の某湖畔の貸しボート屋さんの敷地に捨てられていて、
貸しボートの客だった私は、敷地の菜の花畑でモンシロチョウを追いかける、
若猫だったモカに心を射貫かれました。

推定、生後半年くらいの雌猫のモカは、私に抱っこされると、
ふにゃぁ、と体の力を抜いて身を任せます。
抱っこ大好きな子でした。

可愛いなぁ、と思って頭を撫でていると、突然体に力が入って腕から降りようとします。
足下に、兄弟のマメがいて、私を睨み付けています。

「妹に何をするんだ!」

と言いたげで、それに呼応して暴れるモカを下ろすと、2匹は遠くに走って行きました。

「1匹だけでも貰ってくれる人が居たらいいんだけどねぇ」

心ない旧飼い主に、無理矢理押しつけられた貸しボート屋さんの女将さんが、
そんな事をつぶやきます。

その当時、婚約したばかりだった私は、妻に相談する前に、半ば決めました。
雌猫の方を貰い受けたいと告げ、その2日後に引き取る事にしました。

籠を持参し、マメが昼寝している隙にモカを籠に入れ、
素早く帰宅する事にしました。

兄妹を引き裂く、可哀想な事をしてしまいましたが、
まだ私も結婚前で、婚約していた妻はまだ猫飼い経験の無い人だったので、
2匹は無理だと思っていました。

そしてモカの一生の面倒を見る、そういう思いで事後承諾で妻に報告。
慌てて妻は週末、モカがどういう子かを見にやってきましたっけ。

Mocha0
我が家に来たばかりの頃のモカ。

さて、湖畔からモカが居なくなり、マメは一週間くらいずっと、
妹のモカを探していたようです。

しかしその後立ち直り、元気に男の子らしく、
湖畔で魚や鳥を捕って過ごすようになりました。

モカを貰い受けた3カ月後、マメの様子を見に行ったら、
湖畔のマメは、スズメの死骸の前で満足そうに眠っていました。

「初めて捕まえた鳥だ」

マメを可愛がっていたボート屋の親父さんが、そう教えてくれました。
家の中で閉じ込めて飼うより、この子は自然の中で伸び伸びと暮らして、
こちらの方が幸せなんだ、そう思いました。

しかし、それから間もなく、マメが行方不明になった事を聞きます。
静岡の清水から来た釣り客のクルマに乗り込み、そのまま乗っていってしまったらしい。
お客さんの連絡先がはっきりせず、結局マメはそのまま行方不明。

途中で驚いて車外へ逃げる可能性も高かったので、
ボート屋さんは家族総出で、途中の道路を延々と探したそうですが、見つからない。
数ヶ月経っても見つからず、ボート屋さんも諦めていたそうです。

私もその頃、その話を聞いて、既に嫁となっていた妻に伝えました。
その頃は妻もモカを溺愛していたので、夫婦で心配になりつつも、
望みが高くない事も了解していたと思います。

しかし。
その半年後、マメはボート屋さんのある湖畔に戻ってきました。
体はボロボロ、片方の耳は端が千切れ、片目は失明。
ヨタヨタとしながら、可愛がっていた親父さんの足下へ、真っ直ぐ戻ってきました。
静岡から推定で100km以上の道のりを、半年以上掛けて。

帰りたい、会いたい。その思いだったのでしょう。
道中、他の猫からいじめられ、片目を失いながらも、帰ってきたのです。

親父さんは大喜び、女将さんも息子さんも、その後マメを大切に可愛がりました。

Mame

写真は晩年のマメの写真。2007年の5月撮影。
片目なので、後ろ姿でご容赦ください。

ボート屋の客の友人から、そろそろマメの寿命が近い事を聞かされて、
妻を湖畔に連れて行き、マメに引き合わせました。
モカが大柄な子に育ったのに比べ、マメは若い頃の苦難で成長が止まってしまい、
若猫だった頃の体格のままでした。

マメは翌2008年、腎臓の病気で虹の橋へ。
妹である我が家のモカは2009年、肺の病気でマメの下へ旅立ちました。

この兄妹は、本当に人間の事が大好きで、そして綺麗な心の持ち主でした。
かつて、この子達を湖畔に捨てた元の飼い主の行いが信じられず、
しかしその反面、この子達と出会えた運命には、感謝したいと思っています。

98年の5月、私があのボート屋さんに行かなければ、
モカやマメに出会う事もなく、
私達もこれほどの猫バカ夫婦にはならなかったかも知れません。

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