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2014年9月

2014年9月 2日 (火)

猫の想い【3】最期を看取ったシロちゃん

これは、ウチのモカがまだ3歳くらいだった頃の話です。
モカの兄猫が湖畔に戻って2年後。
(このお話は、ずいぶん前に某巨大掲示板でも書いた事があります)

幾つもの意味で、猫の生涯や自分達の老後を考えさせられた出来事でもあります。


真冬の夜、私達夫婦はモカを家に残してクルマで外出し、
帰宅は深夜1時を回りました。気温は氷点下近かったと思います。

帰り道、自宅まで50mまで迫った道路で、
道の真ん中に白い何かが見えました。

良く見ると白い猫が道路の真ん中でうずくまって座っています。
私のクルマが接近しても、ずっと居座るので怪訝に思い、
クルマから降りて猫の様子を見ました。

丸くうつぶせになったまま、動こうとしません。
声をかけると、私を見て、か細い消え入るような声で
「にゃぁ」と何かを訴えます。

かなり弱っているようで、体を触ると
氷のように冷えた身体、私の手には膿みのような物がつきました。

何かの病気なのか、このままでは死んでしまいそうな気配がしたので、
猫とクルマをそのままにして、一度我が家に入ります。
念のため、手に付いた膿みを洗い流してアルコール消毒。

家にはモカがいた為、伝染性の病気を持っていたらと心配し、
妻に先日買ったばかりの衣装ケースを準備させ、
使い捨てカイロを何個も敷いて、その上にバスタオルを敷いて
猫を入れて様子を見ました。

夜中でしたが、ちょっとバタバタとしていましたので、
近所の奥さんが様子見に出てきました。
その猫の事を知っていると言います。

名前はシロちゃん。
飼い主は3ヶ月前に入院した老婦人との事。
その後は近所の方がご飯をあげていたと言います。
しかし少しずつ食が細り、ここ一週間は何も食べず、
1~2日前から行方不明になっていたとの事でした。

部屋に戻り、24時間救急の獣医さんを探していると、
衣装ケースからまたか細い声で「にゃぁぁ」と聞こえます。

すぐに猫の様子を見たら、プラケースの中で、
もう、息を無くしていました。

あの猫が深夜、どうして道路上にいたのかはわかりません。
ただ、死に直面した体力で、氷点下の道路の真ん中まで出てくるのは
大変だったろうと思うと、悲しくなりました。

この子は自分の死期を悟ったのだろうか?
死を誰かに看取って欲しかったのだろうか?

いや、最後に飼い主に会いたくて、人間の力を借りようとしたのかも知れない、
などと考えながら、また冷たくなっていく猫の体をタオルに包みました。

そして翌日、近所でこの話が広がって、飼い主の方の息子さんと
連絡が取れて、亡骸は飼い主の元へ引き取られていきました。

あの猫は、猫好きな私達が
道を通るのを知っていたのかな?

生きている時は飼い主さんには会えなかったけれど、
飼い主さんの元に戻れたから、少しは願いは叶ったのかな、
そんな気持ちになりました。

幸せな暮らしをした猫に取って、
飼い主さんは親以上の存在なのかも知れません。

飼い主さんと一緒に過ごした幸せな時間は、
猫に取ってもかけがえの無い時間だったのだろうと思います。

静岡から帰ってきた兄猫マメも、
今回の猫ちゃんも、
飼い主さんの事が大好きだったと思います。

人と猫との絆って、人が考える以上にとても深いな、と思います。

それとともに、私達夫婦が老いた時、シロちゃんのような思いを、
猫たちにはさせたくない、そう思わせてもくれた、出来事でした。

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猫の想い【2】 先代猫モカ

前回のマメのついでに、我が家の先代猫、モカについて書いてみようと思います。
前回書いた通り、モカは湖畔に捨てられていた捨て猫でした。

しかし人間が大好き。
膝の上が大好きで、抱っこが大好き。
我が家に初めて来た夜から、私になついてくれました。

Mocha1

我が家に来て、妻と初対面の頃。
Mocha2


私の後をいつもついて歩き、結婚して妻と同居後は、
妻の後をついて歩きます。

特に私達夫婦が一緒にいるときには、必ず足下にモカがいました。
夫婦で歯磨き中、足下にいる事に気づかず、
前脚やしっぽを踏んでしまった事も少なからず。

怒るモカに、大げさに「ごめーん!」と謝ると、
モカもちゃんと判ってくれて機嫌を直します。

夫婦で外出し帰宅すると、必ず玄関で、ちょこんと座ってお出迎え。
帰りが夜中だと、目をしょぼつかせながら、お出迎えしてくれました。

食事はキャットフードを与えていましたが、
家族の食卓にはいつも参加。
猫が食べられそうなおかずを、ひとつまみだけ貰って食べていました。

何か食べたい、というのとは違って、
自分も食卓に参加している、そういう気持ちだったのでしょう。

カレーライスなど、猫が食べられそうに無いメニューだった時は、
すねてダイニングの外に行ってしまう。
扉の横でシュンとしているモカを見て、私達は歌に乗せてモカの名前を呼びます。

すると、

「にゃぁぁ?」

モカは機嫌を取り戻して、語尾上げで食卓に戻ってきます。
そんなモカに、妻はモカの大好物のチーズを与える。
そんな日常を過ごしました。

Dscf0048

モカは、食卓に参加中、美味しい物はお代わりをねだりました。
テーブルの端を「トントントン」と3回叩くのです。
それがお代わりの合図で、それでも貰えない時は、今度は
テーブルの端を「トントントントン」と4回叩来ました。
もうお代わりが無い時は、顔を近づけて、

「もう無いよ」

と言うと、渋々諦める。
マグロの刺身が好物でしたが、安い鮮度の悪いのはお代わりはしない。
極上のはやはり4回テーブルを叩きました。
年々、舌が肥えてましたっけ。

不妊手術をしたモカは、友達や彼氏がいなくて、いつも寂しい毎日を過ごしていました。
その分、私が彼氏代わりになって、追いかけっこするのが大好き。

妻が夕食の支度を調えると、モカは私の仕事部屋にやってきて、
「にゃぁにゃぁ」とご飯時を私に訴えます。
仕事の切りが付くまで少し時間がかかると、その間ずっと鳴き続けていました。
区切りが付き机から立ち上がると、モカも一緒にダイニングに向かう。

夕食が終わると、モカとの追いかけっこの時間。
モカに「行くよ」と声を掛けると、嬉しそうに「にゃああ!」と私を追い抜いていきました。

そうやって、幸せな10年があっという間に過ぎていきました。

Mocha3

モカが旅立つ、ひと月くらい前から、モカは私の部屋に入り浸るようになりました。
肺が悪かったモカには、静電気でホコリっぽかった私の仕事部屋は入らせないようにしていたのですが、
日中、私のそばにいたがるようになりました。
夜はずっと、私のお腹の上で寝るようになりました。

モカとの別れは、まだ辛い思い出なので割愛しますが、
11歳、最後の最後まで、愛おしく、そして私達を本当に信頼してくれたまま旅立っていきました。

男なのに、それまで経験した事がないくらい、涙が溢れました。
それを見た妻が逆に冷静になってしまうくらい、声を出して泣きました。
本当の娘、そう思っていた自分に気づきました。

モカが旅立った後、それまで家中を包んでいた暖かな空気が、消えてしまった。
幸せで満ち足りた時間が、もう帰って来ない事に気づいて、また泣いてしまった。


モカが旅立って1カ月くらい経った年の瀬の夕方、
自分はバイクに乗り、借りていた駅前の事務所に向かっていました。

通りを真っ直ぐ走っていた瞬間、
道の右端から茶色い小さな影が、猛ダッシュで横切りました。

自分はそれを避けるために急ブレーキをかけて転倒。
間髪を入れずに道の先の左路地から、四輪駆動車が一時停止もせずに
飛び出してきました。
先に転倒していたので、間一髪で四駆に轢かれる事は免れましたが、
無謀なドライバーに、普通なら説教でもしてやりたくなるような状況です。

でもその時自分は、倒れたバイクを持ち上げながら、
怒りとは別の感情に心を覆われていました。

モカが居た頃、家中を包んでいた暖かな空気。
優しくて懐かしい、暖かな空気が漂っていました。

左右を見回し、猫が居ないかどうかを探したものの、
猫らしい姿は無い。

自分の思い違い、モカを失った心が見せた幻影だったのかも知れないと思い直し、
事務所に行き仕事を終えました。
そして帰宅後、妻に話すと、妻はポロポロと涙を流しました。

「本当に、優しい子だったね」

私達はそう言って、二人でモカの思い出を振り返りました。
我が家歴は数ヶ月、妻よりも先輩だったモカ。
モカの思い出は、私達の新婚時代の思い出とも重なっています。


今の3にゃん達もそうですが、猫達の思い出は、
そのまま我が家、夫婦の思い出でもあります。

寿命の違いで、いつかは別れが来る事を覚悟しつつも、
それまでの間、楽しく優しい家族でありたい、と思っています。

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